10月1日

ジリリリリリリッ!

けたたましい電話のベルの音が事務所内に鳴り響く。
この樫畠探偵事務所にかかってくる電話というのは普段あまりない。
当然と言えば当然で、大抵の事は110番に電話すれば事足りてしまうからだ。
それでもたまにかかってくる電話と言えば、浮気の調査や人捜しなど。
まあ今の僕には分相応な仕事なのかもしれないが・・・・・・。

「はい。樫畠探偵事務所ですが・・・・・」

「樫畠君、私だ。中村だよ」

「あ・・・・・警部。お久しぶりです。お元気でしたか?」

「・・・・・・うむ。ところで突然ですまんが、君の知人に西河正人という人はいるかな?」

「は? ・・・・・・・ああ、西河でしたら大学時代の友人ですよ。最近会ってませんが」

「そうか・・・・・・。実はな、言いにくいことなんだがつい先程、城ヶ崎で転落死体が見つかってな。身元を確認してみたところ・・・・・・」

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!? 西河が・・・・・・・警部! 今すぐそちらに向かいます!」



今、僕は城ヶ崎にいる。転落死した被害者の身元を確認するためだ。

「仏さんはこの崖の下だ。目の前の柵の下に被害者の鞄が置いてあってな。遺留品だな」

「・・・・・ちょっと見せてもらってよろしいでしょうか?」

今日の僕は探偵としてこの城ヶ崎に来ているわけじゃない。
あくまでも転落死した被害者の身元確認の為だ。
にもかかわらずまっすぐに現場に向かわずここで本来の目的とはかけ離れたことをしている。
職業病というやつだろうか? だとしたら語るに堕ちたと言うべきだろう。
或いは友人の死を認めたくないだけかもしれない。

「鞄の中は・・・・・・・・と、お。樫畠君、これなんて言ったかな、パソコンなんかで使う・・・・」

「フロッピーディスクですね。パソコンがあれば中を見ることはできると思いますが」

「ん、そうか。まあどのみちここじゃ調べようがないな。鑑識にまわしておくか。このディスクを調べてもらおう」

鑑識課の林さんとは既に面識があったので、細かいことも言われず現場の状況を聞くことが出来た。
無論、本来部外者の自分がそこまで立ち入った事を聞けたのも警部のお陰なのだが。
といっても遺留品であるその青いディスクの中身は判読不能だったのだが。
結局遺留品の方は青いフロッピーディスク以外目に付く物はなかった。
ここでする事がなければ、後は崖を降りて西河と・・・・・・・・・

「・・・・・・あれ? そういえば警部。あの崖際の柵・・・・・」

「ん? あの柵がどうかしたかね?」

「いえ・・・・・ペンキ塗りたての張り紙がしてあるじゃないですか。その割に一部分早くも塗装が剥げているようで」

「・・・・・・ふむ。被害者はあそこから転落したようだな。とにかく我々も降りてみよう」

「・・・・・・・はい」



崖の下の海辺に彼はうつぶせに倒れていた。
離れたところからでもそれがかつての友人であることがわかる。
顔が強ばり、足取りが重くなっていくのが自分でもわかった。

「財布の中に入っていた名刺入れの中に君の名刺があったので連絡したんだが・・・・・」

「・・・・・・・はい。間違いありません。でも、どうして彼が・・・・・・・・」

呆然としている僕に気を遣ってくれたのだろうか、警部は僕にそれ以上何も聞かず、
西河の遺体を調べ始めた。僕はただじっと、その様子を眺めていた。

「この手帳は・・・・・・なんだ、仕事の予定が書いてあるだけか。ん? こりゃ短歌か・・・・」

それまで呆然と眺めていた僕はその警部の声で、我に帰った。


ねがわくば きくのもとにて あきしなむ そのながつきの もちづきのころ


「どうしてこんな所に短歌が・・・・・・・・・しかも全て平仮名とはね」

警部の当然の疑問は僕の中にもあった。これは一体何を意味するのだろう・・・・・?

「ふむ。辞世の句か何かかも知れんな。自殺か・・・・・・・」

妙に納得した警部は鑑識の林さんに西河の死亡時刻と死因を聞いていた。
鑑識の調べた結果、死亡推定時刻は今日の0時から2時の間。
死因は頭蓋骨骨折に内臓破裂・・・・・・・・要するに転落死だ。

「樫畠君、残念な事にはなったが君の友人はどうやらあの崖から飛び降りたようだな」

自殺だろうが他殺だろうが、友人を一人失ったことには変わりない。
だが、何か釈然としないものが僕にはあった。

「・・・・・・警部。西河の背中と裾についているあの汚れ、何でしょうね?」

「ん? ・・・・・・・これか。こりゃペンキだな。そういや上の柵にはペンキ塗りたての張り紙が・・・・・んん!?」

どうやら警部も僕の言わんとしているところがわかったらしい。

「おかしいですよ。もし彼が自分で飛び降りたならペンキは彼が向いている側、胸や腹に付くのが自然ではないでしょうか?」

「・・・・・・つまり、西河正人は誰かに突き落とされたということか」

警部も事件の異常さに気付き、腕を組んで何事かを考えている様子だった。
そこへ、おそらく新米と思われる若い刑事が西河の務めていた会社の社長が来たことを告げた。
西河はパワーソフトというゲームソフトなどを制作する会社に勤めていた。
そしてその会社の社長、富野と名乗る男が目の前に現れた。

「ああ、西河君が・・・・・・・何て事に・・・・・・・!」

富野社長は歳はゆうに60は越えてるだろう、頭髪は禿げ上がっており、
身長は160センチを少し越えた程度だろうか。小太りだが人の好さそうな顔をしている。
中村警部は富野社長に、僕を身元確認の為に呼んだこと、西河の死に不審な点があることを告げた。
と、そこへ先程とは違う刑事が地元の警察からの調査結果を告げた。
それによるとこの付近の宿で西河らしき宿泊客はなかった事、
そしてこの辺りでは夜10時を過ぎると交通手段がまったくなくなるとの事だった。
確かにこんな何もない寂しいところではタクシーすら稀にしか走らないだろう。

「西河君は運転免許を持っていません。そんな時間に一人でここに来られるはずがないんです」

警部から死亡推定時刻や地元警察からの報告を聞いた富野社長はそう答えた。

「それに・・・・・・彼は、西河君は社内で恨まれている節がありまして」

やはり・・・・・西河正人は自殺したんじゃない。何者かに殺されたのだ。
だが、この事件がこれから始まる連続殺人の幕開けにしか過ぎない事など、
この時の我々には想像もつかなかったのだ・・・・・・・。


こうして事件は幕を開けた・・・・・・・。
続く


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